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神兵隊事件 しんぺいたいじけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神兵隊事件
しんぺいたいじけん

1933年民間右翼団体が中心となって企てたクーデター未遂事件。愛国勤労党天野辰夫前田虎雄大日本生産党鈴木善一らが中心となり,陸海軍の青年将校も加わった。計画は全国から 3600人の同志を集め,政界要人を殺害し,33年7月7日を期して昭和維新を行おうとしたもの。しかし,予定された7日に武器調達がはかどらず,幹部間に意見の対立をみ,実行は 11日に延期されたが,警視庁に察知され,10日夜,明治神宮講習館で前田以下 49人が検挙された。日本初の内乱罪として異常な注目を払われていたが,7年間の裁判の末,41年3月 15日朝憲紊乱の目的はなかったものとして内乱予備罪を構成しないものと解され,刑免除の判決が下された。

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デジタル大辞泉の解説

しんぺいたい‐じけん【神兵隊事件】

昭和8年(1933)愛国勤労党の天野辰夫ら右翼が、陸海軍将校を加えて計画したクーデター未遂事件。

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百科事典マイペディアの解説

神兵隊事件【しんぺいたいじけん】

1933年7月発覚し未遂に終わった右翼のクーデタ計画。斎藤実内閣に不満の愛国勤労党の天野辰夫らが企図大日本生産党の鈴木善一らを誘って約3000名を動員大日本神兵隊を組織し,首相以下政・財界首脳を暗殺し,天皇親政の改造内閣樹立を目ざすというものであった。決行前日に発覚,内乱罪に問われたが,1941年〈有罪であるが刑免除〉の判決があった。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんぺいたいじけん【神兵隊事件】

1933年愛国勤労党の天野辰夫,前田虎雄らが画策したクーデタ未遂事件。天野らは,大日本生産党の鈴木善一やかつて東久邇宮付武官であった安田銕之助予備陸軍中佐,山口三郎海軍中佐らを誘い,33年7月11日に首相官邸,牧野伸顕内大臣官邸,警視庁,政党本部,日本勧業銀行などを襲撃し,戒厳令を実施させて皇族首班内閣をつくろうとした。その実行グループとして大日本神兵隊を組織した。しかし決行日前日の10日夜に警視庁に探知され,次々に検挙された。

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大辞林 第三版の解説

しんぺいたいじけん【神兵隊事件】

1933年(昭和8)7月に発覚した右翼のクーデター未遂事件。愛国勤労党天野辰夫・大日本生産党鈴木善一・陸軍中佐安田銕之助らが、首相官邸・警視庁・政党本部などを襲撃しようとしたもの。事件後右翼は一時衰退した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神兵隊事件
しんぺいたいじけん

1933年(昭和8)民間の右翼勢力が中心となり計画、未遂に終わったクーデター事件。愛国勤労党の天野辰夫(あまのたつお)や大日本生産党青年部長の鈴木善一らが中心となり、安田銕之助(てつのすけ)(予備役陸軍中佐)、山口三郎(海軍航空廠(しょう)飛行実験部員、中佐)らの参画を得て神兵隊と称した。計画は、全国から動員した3600名をもって重臣、閣僚、政党幹部および本部、警視庁、銀行などを襲撃。飛行機による爆撃も行い、斎藤実(まこと)内閣を倒し、戒厳令下で皇族内閣の樹立を図り、国家改造を推進するというものであった。1933年7月11日、前夜から国難打開、国防祈願を装って明治神宮外苑(がいえん)に集まった49名が検挙され、計画は失敗に終わった。この事件は刑法第78条の内乱罪をもって訴追され、大審院で116回の公判が重ねられた。この過程で被告側は執拗(しつよう)に国体明徴の裁判闘争を展開し、その結果、内乱罪の成立を否定し、全被告の無罪という政治的色彩の濃い判決を導き出した。五・一五事件に触発されたクーデター事件の一つである。その後、愛国勤労党は自然消滅に近い状態になり、大日本生産党は津久井竜雄、三宮維信を除名することにより青年部を失い分裂した。[榎本勝巳]

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