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加藤文麗 かとう ぶんれい

美術人名辞典の解説

加藤文麗

江戸後期の画家・藩士。伊予大洲藩主加藤泰恒の子、泰茂の養子。名は泰都、通称を織之助、別号に予斎。幕府の御小姓組番頭となり従五位下、伊予守に任ぜられる。画を狩野周信に学び、谷文晁の最初の師として名高い。山水花鳥画を能くした。天明2年(1782)歿、77才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

加藤文麗 かとう-ぶんれい

1706-1782 江戸時代中期の画家。
宝永3年生まれ。加藤泰恒の6男。幕府の西丸小姓組番頭(ばんがしら)をつとめる。狩野周信(ちかのぶ)にまなび,山水・花鳥・人物画にすぐれた。谷文晁(ぶんちょう)の最初の師として知られる。天明2年3月5日死去。77歳。名は泰都。通称は織之助。別号に予斎。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

加藤文麗

没年:天明2.3.5(1782.4.17)
生年:宝永3(1706)
江戸中期の幕臣にして画家。伊予国(愛媛県)大洲藩主加藤泰恒の6男に生まれた。大叔父泰茂の養子となり,従五位下伊予守に叙せられた。狩野周信に画を学んだが,むしろ谷文晁の最初の師として名がある。

(小川知二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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