ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シュリューター」の意味・わかりやすい解説
シュリューター
Schlüter, Andreas
[没]1714.6.23. ペテルブルグ/モスクワ?
ドイツのバロック建築家,彫刻家。グダニスクで修業したのち,ワルシャワでクラシンスキ宮殿のペディメントの彫刻 (1689~93) を作り,1694年プロシアのフリードリヒ3世に招かれ,フランスとイタリアに留学,96年帰国。 98年建設総監に任命され,ベルリン王宮 (98~1706,第2次世界大戦中に破壊) ,ベルリン郵便局 (01~04,1889解体) を建てたが,1706年,ムンツ塔が不適当な土台のため崩壊した。しかし,なおベルリンのドロテーンシュタットのビラ・カメッケ (1711~12,第2次世界大戦中に破壊) を建て,王の死後,14年にロシアのペテルブルグに移住した。
シュリューター
Schlüter, Otto
[没]1959.10.12. ハレ
ドイツの人文地理学者。ハレ大学の教授として研究生活をおくった。 19世紀ドイツの地理学を体系化した F.ラッツェルの学統を継ぎ,景観の研究こそ地理学の課題とした。ドイツの景観地理学の先駆者として数多くの業績を残し,20世紀前半の地理学の基礎を築いた。彼の行なった村落の分類は主として平面形態上の特性に着眼したもので,集落形態の分類に大きな影響を与えている。主著『人文地理学の目標』 Die Ziele der Geographie des Menschen (1906) 。
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