江戸中期の測量家。通称豊吉、のち太右衛門、九郎兵衛、元帰または元帰斎と号した。樋口権右衛門(ひぐちごんえもん)(小林義信(よしのぶ))が寛永(かんえい)年間(1624~1644)にオランダ人カスパルSchamberger Caspar(1623―1706)から伝授されたといわれる、コンパス、分度器、象限儀、磁石、間竿(けんざお)、縄、水準器などを用いて見盤を水平もしくは垂直にして測量する技法を金沢勘右衛門(?―1691)に学んだ。1682年(天和2)、師とともに津軽侯に招かれ、藩内を測地し、国図を作成した。6226メートルを望見・算定して、実測値と3センチメートルも違わなかったという。1688年(元禄1)辞去して江戸に戻り、塾を開いた。世に清水流とよばれ、規矩術(きくじゅつ)中興の祖と称された。『規矩元法町見一術』(1706)、『規矩元法別伝』(1709)などの著がある。
[石山 洋]
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