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清水貞徳 しみず さだのり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

清水貞徳 しみず-さだのり

1645-1717 江戸時代前期-中期の測量家。
正保(しょうほ)2年生まれ。江戸の人。金沢勘右衛門オランダ流測量術をまなぶ。師とともに弘前(ひろさき)藩にまねかれ,領内を測量して地図を作成。のち江戸で塾をひらく。小林義信にはじまる規矩(きく)術の伝書を整理して中興の祖とされ,清水流とよばれた。享保(きょうほう)2年6月26日死去。73歳。通称は豊吉,太右衛門,九郎兵衛。号は元帰,元帰斎。著作に「規矩元法町見一術」などがある。

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朝日日本歴史人物事典の解説

清水貞徳

没年:享保2.6.26(1717.8.3)
生年:正保2(1645)
江戸中期の測量家。通称は豊吉,のちに太右衛門,九郎兵衛を名乗り,号は元帰斎または元帰。金沢勘右衛門に西洋式測量術を学び,天和2(1682)年師と共に江戸で津軽藩の勘定人として登用され,藩領の弘前一円の実測絵図を作成した。元禄1(1688)年致仕し,江戸で塾を開いた。流祖樋口権右衛門(謙貞。のちの小林義信)がオランダ人カスパルから伝えられたという規矩術を整頓し,以後,清水流として知られた。今日の平板測量による小地域地図作成法の技術で,貞徳は『規矩元法町見一術・別伝』および『国図枢要』を著し,これを後世に伝えた。

(石山洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

清水貞徳
しみずさだのり
(1645―1717)

江戸中期の測量家。通称豊吉、のち太右衛門、九郎兵衛、元帰または元帰斎と号した。樋口権右衛門(ひぐちごんえもん)(小林義信(よしのぶ))が寛永(かんえい)年間(1624~1644)にオランダ人カスパルSchamberger Caspar(1623―1706)から伝授されたといわれる、コンパス、分度器、象限儀、磁石、間竿(けんざお)、縄、水準器などを用いて見盤を水平もしくは垂直にして測量する技法を金沢勘右衛門(?―1691)に学んだ。1682年(天和2)、師とともに津軽侯に招かれ、藩内を測地し、国図を作成した。6226メートルを望見・算定して、実測値と3センチメートルも違わなかったという。1688年(元禄1)辞去して江戸に戻り、塾を開いた。世に清水流とよばれ、規矩術(きくじゅつ)中興の祖と称された。『規矩元法町見一術』(1706)、『規矩元法別伝』(1709)などの著がある。[石山 洋]

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