加藤木畯叟(読み)かとうぎ しゅんそう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤木畯叟」の解説

加藤木畯叟 かとうぎ-しゅんそう

1815-1893 幕末-明治時代尊攘(そんじょう)運動家,殖産家。
文化12年9月18日常陸(ひたち)(茨城県)孫根村庄屋の家に生まれる。林鶴梁(かくりょう)にまなび,桜任蔵(じんぞう)らとまじわり,尊攘思想をいだく。親交のあった松浦武四郎から「蝦夷日誌」を託されて徳川斉昭に献じた。維新後は士族授産につとめ,養蚕を奨励した。明治26年4月18日死去。79歳。通称は賞三。変名は平野正太郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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