勝楽寺城跡(読み)しようらくじじようあと

日本歴史地名大系 「勝楽寺城跡」の解説

勝楽寺城跡
しようらくじじようあと

[現在地名]甲良町正楽寺

勝楽寺山にあり、北東から南西尾根に沿っていくつかの郭が築かれ、その間は自然の掘込を利用している。空堀もなく、南北朝期の技術による戦闘用の中世山城と考えられている。石垣痕跡や土塁が少し残り、見張台と伝える跡もある。京極氏の本拠である坂田郡柏原かしわばら(現山東町)から、建武四年(一三三七)京極導誉がこの地に移り設営したと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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