勝正憲(読み)カツ マサノリ

20世紀日本人名事典 「勝正憲」の解説

勝 正憲
カツ マサノリ

大正・昭和期の大蔵官僚,政治家 逓信相;元・衆院議員(日本進歩党)。



生年
明治12(1879)年5月21日

没年
昭和32(1957)年11月11日

出生地
福岡県

学歴〔年〕
東京帝大法科大学独法科〔明治38年〕卒

経歴
大蔵省に入り税務監督官、松江長崎、鹿児島、長野、仙台、東京各税務監督局長、函館税関長、国税課長、駐米財務官などを歴任。昭和3年普選第1回総選挙に福岡県から出馬当選、以来連続当選6回。立憲民政党に入り大蔵参与官、商工政務次官、党幹事長総務を務め、15年米内光政内閣逓信大臣となった。17年の翼賛選挙で翼政協委員、翼生会常任総務、日政会総務などを務めた。戦後公職追放、解除後27年日本再建連盟顧問のほか九州鉱山会長、日本実業取締役などを歴任した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「勝正憲」の解説

勝 正憲
カツ マサノリ


肩書
逓信相,元・衆院議員(日本進歩党)

生年月日
明治12年5月21日

出生地
福岡県

学歴
東京帝大法科大学独法科〔明治38年〕卒

経歴
大蔵省に入り税務監督官、松江、長崎、鹿児島、長野、仙台、東京各税務監督局長、函館税関長、国税課長、駐米財務官などを歴任。昭和3年普選第1回総選挙に福岡県から出馬当選、以来連続当選6回。立憲民政党に入り大蔵参与官、商工政務次官、党幹事長、総務を務め、15年米内光政内閣の逓信大臣となった。17年の翼賛選挙で翼政協委員、翼生会常任総務、日政会総務などを務めた。戦後公職追放、解除後27年日本再建連盟顧問のほか九州鉱山会長、日本実業取締役などを歴任した。

没年月日
昭和32年11月11日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「勝正憲」の解説

勝正憲 かつ-まさのり

1879-1957 大正-昭和時代の官僚,政治家。
明治12年5月21日生まれ。大蔵省にはいり,各地の税務監督局長などをへて東京市助役となる。昭和3年衆議院議員(当選6回,日本進歩党)。民政党の幹事長,米内(よない)内閣の逓信相を歴任。戦後は,岸信介らとともに日本再建連盟顧問をつとめた。昭和32年11月11日死去。78歳。福岡県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「勝正憲」の解説

勝 正憲 (かつ まさのり)

生年月日:1879年5月21日
大正時代;昭和時代の官僚;政治家。九州鉱山会長、日本実業取締役
1957年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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