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翼賛選挙 よくさんせんきょ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

翼賛選挙
よくさんせんきょ

1942年4月 30日,東条英機内閣下で行われた第 21回衆議院議員選挙のこと。東条内閣は議会を完全に操縦するため,貴衆両院,大政翼賛会,財界,帝国在郷軍人会,言論界などの代表者から成る翼賛政治体制協議会 (会長阿部信行) とその道府県支部を結成させ,これらによる候補者推薦制を設けた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

翼賛選挙

東条英機内閣のもとで戦中の1942年にあった衆院選。政府側の「翼賛政治体制協議会」によって、推薦と非推薦に候補が分けられた。非推薦候補には自治体や警察によって選挙妨害が繰り返され、当選者は岸信介ら推薦候補が8割以上を占めた。一方、非推薦候補では、安倍寛や三木武夫尾崎行雄らが当選した。

(2015-06-03 朝日新聞 朝刊 4総合)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

よくさん‐せんきょ【翼賛選挙】

東条英機内閣による昭和17年(1942)の第21回衆議院議員総選挙のこと。政府の戦争遂行政策を支持する候補者を翼賛政治体制協議会が推薦し、非推薦候補には激しい選挙干渉が加えられた。当選議員の8割以上を推薦候補が占めた。

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百科事典マイペディアの解説

翼賛選挙【よくさんせんきょ】

1942年4月30日東条英機内閣により実施された第21回衆議院議員選挙。東条は候補者推薦制度をとり,翼賛政治体制協議会を結成し,議員定数と同じ466人の候補者を推薦,臨時軍事費を流用して応援し,非推薦候補を激しく圧迫した。
→関連項目尾崎行雄大政翼賛会翼賛議員同盟

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世界大百科事典 第2版の解説

よくさんせんきょ【翼賛選挙】

1942年4月30日東条英機内閣によって実施された第21回衆議院議員総選挙の通称。東条内閣は総選挙にはじめて候補者推薦制度の導入を決定し,42年2月23日,軍部・大政翼賛会・財界・農業団体・貴衆両院・その他の代表33名を招き,元首相阿部信行陸軍大将を会長とする翼賛政治体制協議会(翼協)を結成させた。翼協は〈政事結社〉の届出をし,民間人による自発的運動という体裁をととのえるため,道府県単位の支部を結成し,地元の有力者742名を支部長と支部会員に任命するとともに,政府にかわって候補者の推薦と選挙運動を行った。

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大辞林 第三版の解説

よくさんせんきょ【翼賛選挙】

1942年(昭和17)4月の第二一回総選挙。東条英機首相招請の各界代表が結成した翼賛政治体制協議会による推薦候補者三八一名が当選、全議席の八割余を占めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

翼賛選挙
よくさんせんきょ

1942年(昭和17)4月30日、東条英機(ひでき)内閣によって実施された第21回衆議院議員総選挙の通称。東条内閣は総選挙に初めて候補者推薦制度を導入することを決定し、42年2月23日翼賛政治体制協議会(略称翼協、会長阿部信行(あべのぶゆき))を結成させた。同会は地元有力者による道府県支部を結成して候補者選考にあたったが、実際の選考は、内務省、警察および軍部がひそかにつくった「立候補適格者」名簿に基づいて行われた。推薦候補者には翼協から選挙資金が分配された反面、非推薦候補者には激しい選挙干渉が加えられ、選挙戦は低調であったが、隣組などを通じての投票狩り出しのため、投票率は83.1%に達した。当選者は推薦候補者466名中381名(当選率82%)、非推薦候補者613名中85名(同14%)、非推薦候補者の得票は419万票(得票率35%)であった。翼協は5月5日に解散し、5月20日翼賛政治会が結成され、いわゆる翼賛政治体制が確立した。[木坂順一郎]
『吉見義明・横関至編『資料日本現代史4・5 翼賛選挙〔1〕〔2〕』(1981・大月書店) ▽木坂順一郎著『昭和の歴史7 太平洋戦争』(1982・小学館)』

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世界大百科事典内の翼賛選挙の言及

【翼賛体制】より

…放置すれば翼賛体制に亀裂が入るため,43年末東条英機内閣は翼壮に対して統制を加え,翼壮の活動力は衰えた。 一方,東条内閣は,太平洋戦争の緒戦の勝利を利用し,1942年4月30日にいわゆる翼賛選挙を実施した。政府は衆議院議員総選挙に初めて候補者推薦制度を導入し,議員定数466名中381名の推薦議員を当選させた。…

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