北内牧(読み)きたうちのまき

日本歴史地名大系 「北内牧」の解説

北内牧
きたうちのまき

鉢伏はちぶせ(一九二九メートル)の西麓、けいと山(垣内山)台地上に繋飼場をもつ古代牧場である。牛伏うしぶせ川を隔てて、北の埴原はいばらの地に信濃一六牧の一つである埴原牧があり、その東方の鉢伏山麓一帯の地に放牧場をもっていたが、それが南・北に分れたものであろう。

鎌倉初期の文治二年(一一八六)には、左馬寮領として信濃二八牧の中に北内・南内と載っている(吾妻鏡)。これはその頃、既に北内牧・南内牧が荘園化していたことを示している。しかし埴原牧の名のないところをみると、既に埴原牧は廃され、内田南北に分化して牧となっていたと思われる。この牧の経営者は明確ではないが、寛正三年(一四六二)四月諏訪神社の花会頭役として「内田・埴原三十丁(中略)波田判官大夫跡」(諏訪御符礼之古書)とあることから、内田・埴原は一連の地と考えられていたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

南海トラフ臨時情報

東海沖から九州沖の海底に延びる溝状の地形(トラフ)沿いで、巨大地震発生の可能性が相対的に高まった場合に気象庁が発表する。2019年に運用が始まった。想定震源域でマグニチュード(M)6・8以上の地震が...

南海トラフ臨時情報の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android