北吸村(読み)きたすいむら

日本歴史地名大系 「北吸村」の解説

北吸村
きたすいむら

[現在地名]舞鶴市字北吸・桃山ももやま

余部上あまるべかみ村の東方に位置し、北吸の谷の山麓部に集落が点在していた。農業を主とした。

古代は「和名抄」に記す余戸あまるべ郷の地と推測され、中世には余部里あまるべのさと庄に含まれていた。

慶長検地郷村帳に高二五八・三八石「北吸村」とみえ、江戸後期の土目録でも同高、内訳は田方二四六石余、畑方一一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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