北安東村(読み)きたあんどうむら

日本歴史地名大系 「北安東村」の解説

北安東村
きたあんどうむら

[現在地名]静岡市北安東一―五丁目・安東一―三丁目・安東柳町あんどうやなぎちよう浅間町せんげんちよう一―二丁目・城東町じようとうちよう大岩本町おおいわほんちよう

宮内みやうち村の北に位置する。中世には北安東庄が存在した。古代の阿倍市の東を安東といい、安東はさらに南安東と北安東に分れたが、北安東は初め国府のうちにあったという(駿河志料)。元禄年間(一六八八―一七〇四)やなぎ新田村を分郷した(同書)領主安西外あんざいそと新田と同じ。元禄郷帳では高一千八一一石余。旧高旧領取調帳では高一千八二〇石余、そのうちに泉動せんどう院領八石余や長谷はせ寺領、国分大神社・熊野社の除地があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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