北岡大塚古墳(読み)きたおかおおつかこふん

日本歴史地名大系 「北岡大塚古墳」の解説

北岡大塚古墳
きたおかおおつかこふん

[現在地名]引佐町井伊谷

都田みやこだ川支流の井伊谷いいのや川と神宮寺じんぐうじ川が形成した井伊谷の小盆地を見下ろすことのできる丘陵先端部に立地する。古墳時代前期の前方後方墳で、保存状況はよい。墳丘からは浜名湖や三方原台地を臨むこともできる。周知の古墳となったのは昭和五四年(一九七九)と新しく、翌年には墳丘測量が、平成六年(一九九四)には範囲確認調査が行われた。墳丘は丘陵端部を切断して成形し、盛土することにより築造されている。周濠は丘陵を切断したのに伴うものだけである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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