知恵蔵 「北島三郎」の解説
北島三郎
54年に歌手を目指して上京、東京声専音楽学校に入学した。流しの歌手として活動していたところ、作曲家の船村徹と出会って門下生となり、62年「ブンカチャ節」でデビュー、同年に「なみだ船」で第4回日本レコード大賞・新人賞を受賞した。65年に「兄弟仁義」、「帰ろかな」、「函館の女」と立て続けにヒットを飛ばして演歌歌手としての人気を確立。72年に北島音楽事務所を設立して独立し、78年「与作」、80年「風雪ながれ旅」、84年「まつり」などをヒットさせた。
その後、日本レコード大賞では86年に「北の漁場」で最優秀歌唱賞、90年に特別賞、91年に「北の大地」(星野哲郎作詞、船村徹作曲)で大賞、96年に美空ひばりメモリアル選奨を受賞した。演歌の大御所としての地位を不動のものにする一方、98年にはNHKアニメ「おじゃる丸」の主題歌「詠人」を歌うなど、新たな分野にも挑戦。2010年には、シングル「夫婦一生」がオリコン週間シングルチャートで初登場10位を獲得し、トップ10入りの最年長記録を樹立した。
1963年NHK紅白歌合戦に初出場して以来、2012年まで歴代最多の49回出場記録を持つ。13年の出場と、11回目となる大トリを務めることも決定した。通算50回目の出場となることから、同年で紅白を引退すると表明。出場者の「演歌枠」が年々減少しているため、「先輩がいつまでも壁になっているのはよくない」と、後進に道を譲ることを紅白引退の理由に挙げた。座長公演も15年1月を最後とする見通しだが、歌手活動は引退せず紅白出場以外は継続する意向を示している。
歌手活動の一方で、「原譲二」の名で作詞や作曲を手掛け、弟子の山本譲二や小金沢昇司、北山たけしらに楽曲を提供もしている。俳優としても活躍し、出演映画は40本、テレビドラマにも多数出演し、時代劇の「暴れん坊将軍」などで人気を集めた。
チャリティー活動や国際親善活動などにも積極的に関わっており、1991年に北海道民栄誉賞、99年に函館市栄誉賞を授与されている。
(若林朋子 ライター / 2013年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報