北島秀朝(読み)きたじま ひでとも

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北島秀朝」の解説

北島秀朝 きたじま-ひでとも

1842-1877 幕末-明治時代の武士,官僚
天保(てんぽう)13年1月1日生まれ。下野(しもつけ)(栃木県)の神職の子。水戸藩につかえる。天狗(てんぐ)党に参加,幕府弾圧をのがれて京都にゆき北島家の養子となる。岩倉具視(ともみ)の知遇を得,戊辰(ぼしん)戦争では東山道鎮撫軍の大監察。維新後,和歌山などの県令を歴任。明治10年10月10日死去。36歳。本姓は益子

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む