北庭筑波(読み)きたにわ・つくば

朝日日本歴史人物事典 「北庭筑波」の解説

北庭筑波

没年:明治20.12.10(1887)
生年天保13(1842)
明治期の写真家。本姓は伊井。通称孝之助。江戸日本橋呉服町の油問屋に生まれる。幼少期より好奇心旺盛で,写真術に興味を抱き,内田九一,横山松三郎,清水東谷らと親交を持ち,やがて明治4(1871)年,浅沼藤吉を動かして写真材料商を開業させたのに始まり,自らも浅草写真館を営む。明治7年深沢要橘と写真雑誌『脱影夜話』を創刊,日本における写真ジャーナリズムの先駆をなした。その交遊の広さから,写真業のみならず画家や文士らとの親交も厚く,日本の写真文化の基盤を築くのに大きな功績を残した。

(平木収)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北庭筑波」の解説

北庭筑波 きたにわ-つくば

1843*-1887 明治時代写真師
天保(てんぽう)13年12月生まれ。伊井蓉峰(ようほう)の父。生家は江戸日本橋の油問屋。横山松三郎にまなび,明治4年浅草花屋敷に写真館をひらく。7年日本初の写真雑誌「脱影夜話」を創刊,写真ジャーナリズムの先駆けとなった。明治20年12月10日死去。46歳。本名は伊井孝之助。別号に平米雷(ヘブライ)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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