北方心泉(読み)きたかた しんせん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北方心泉」の解説

北方心泉 きたかた-しんせん

1850-1905 明治時代の僧。
嘉永(かえい)3年4月28日生まれ。明治10年真宗大谷派支那布教事務掛として留学生をひきいて清(しん)(中国)にわたり,上海に7年滞在。31年再訪し,南京に金陵東文学堂をたて,学長となる。滞在中,文人兪曲園らとまじわり影響をうけた。篆書(てんしょ)にすぐれた。明治38年7月29日死去。56歳。加賀(石川県)出身。名は蒙。号は月荘。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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