北有路村(読み)きたありじむら

日本歴史地名大系 「北有路村」の解説

北有路村
きたありじむら

[現在地名]大江町字北有路

河守町(こうもりまち)方面よりほぼ東流してきた由良川が、北方に流路を変える蛇行部一帯に発達した集落。河道に沿って湾曲する河守街道に沿う。西は上野(うえの)村、東は三河(そうご)村に接し、南は川を隔てて南有路村に対する。

古代・中世を通じて有道(ありち)郷(和名抄)の地。有道の名の起源について、京都白川家に伝来したと称する「丹後風土記」残欠は、「有道郷 本字蟻道」とし、次のように記す。

<資料は省略されています>

近世には慶長検地郷村帳に高七三九・三九石「北有路村」と記され、土目録によれば高七四六・五八石のうち、田方は四三九・七五五石、畑方は三〇六・八二五石、運上のうちに鯉網運上一五匁、撫網運上銀四匁、鮭代銀四〇〇匁があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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