日本歴史地名大系 「北矢野目村」の解説
北矢野目村
きたやのめむら
文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に北谷目とみえ、高八七九石余。近世初期の邑鑑によると免五分、家数一四(役家五・肝煎一、脇家八)、人数三五、役木として桑がある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に北谷目とみえ、高八七九石余。近世初期の邑鑑によると免五分、家数一四(役家五・肝煎一、脇家八)、人数三五、役木として桑がある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...