北神崎村(読み)きたかんざきむら

日本歴史地名大系 「北神崎村」の解説

北神崎村
きたかんざきむら

[現在地名]松前町神崎(かんざき)

現松前町の東南部。寛文年間(一六六一―七三)には神崎村と改称されている。西に釣吉(つるよし)村、東に神崎出作(かんざきしゆつさく)村・徳丸(とくまる)村があり、この一帯は伊予郡内で最も早く開発された所とみられる。式内社の伊予神社・高忍日売(たかおしひめ)神社(現徳丸)の鎮座することからみて、「和名抄」の伊予郡六郷のうち神前(かんざき)郷はこの地域であろう。また神崎庄もこの地域を中心とするものと思われるが、同庄に関する史料を欠くため推測にとどまる。江戸時代この村の南部を南神崎村(現伊予市上野・宮下)とよんでいたから神崎庄はかなり広範囲を占めていたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む