北院跡(読み)きたのいんあと

日本歴史地名大系 「北院跡」の解説

北院跡
きたのいんあと

「拾芥抄」に、「楊梅北烏丸西、又号小六条、小六条院御領、今小六条殿」とあり、同書京程図では樋口小路までの方二町を示す。白河・鳥羽・崇徳・近衛四天皇の御所。この方二町は現高砂(たかさご)町・醍醐(だいご)町・上諏訪(かみすわん)町の全域と、御供石(ごくいし)町・悪王子(あくおうじ)町・阪東屋(ばんとうや)町・大阪(おおさか)町・横諏訪(よこすわん)町・大黒(だいこく)町の一部にあたる。

「百錬抄」天永三年(一一一二)三月一六日条には「天皇(鳥羽)行幸小六条、賀法皇六十算」とあり、また同年五月一三日条にも「皇居高陽院焼亡、天皇遷御小六条」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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