改訂新版 世界大百科事典 「十字架伝説」の意味・わかりやすい解説
十字架伝説 (じゅうじかでんせつ)
キリストがかけられた十字架に関する初期東方伝説。アダムが死んだとき,その子セツSethは神の命により天国の生命の樹から三つの種子を採り,アダムの舌の下に置いた。後年これらの種子はアダムの墓に生育し,やがて美しい大木となって繁茂した。ソロモンの時代,この木は神殿の柱に使われようとしたが見捨てられ,小川の橋としてかけられた。シバの女王がソロモン訪問に際しこの橋に出会い,この木の不思議な力を知ってこれを跪拝(きはい)し,その運命をソロモンに警告する。さらに数奇なる運命を経て,キリストが有罪となったとき彼の十字架がこの木より作られた。キリストの十字架はその後コンスタンティヌス帝の母ヘレナFlavia Julia Helena(257ころ-337ころ)により発見され,彼女の死後その断片が聖十字架または真の十字架Vera Cruzの聖遺物として各地に広がった。伝説にはこのほか,モーセの杖(つえ)の奇跡,ダビデの庭への若木の植え替え,ヘラクレイオス帝による聖十字架の奪還などを含む,叙述の異なる数多くの異説がある。
これらの伝説は西洋世界に導入されて美術作品の主題となった。初期の例は8,9世紀より見られるが,最もよく知られている例としてピエロ・デラ・フランチェスカによる一連のフレスコ画がある(アレッツォ,サン・フランチェスコ教会,1460ころ)。
執筆者:小林 典子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報