日本歴史地名大系 「十玉院跡」の解説
十玉院跡
じゆうぎよくいんあと
[現在地名]富士見市下南畑
難波田氏館跡にあり、南城山十玉院八幡寺と号し、旧本山派修験。本尊は不動明王。江戸初期までは十玉坊と称された。開山や創設年次など由来は明らかではない。文明一二年(一四八〇)七月二七日、十玉坊は聖護院乗々院法印より
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
難波田氏館跡にあり、南城山十玉院八幡寺と号し、旧本山派修験。本尊は不動明王。江戸初期までは十玉坊と称された。開山や創設年次など由来は明らかではない。文明一二年(一四八〇)七月二七日、十玉坊は聖護院乗々院法印より
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