千ヶ瀬村
ちがせむら
青梅村の南東、多摩川左岸に位置する。対岸の長淵村へは千ヶ瀬渡を用いた。西部の若宮八幡宮の近くに文永一一年(一二七四)銘の板碑、臨済宗建長寺派の宗建寺域には五基の板碑があったという。青梅の市ははじめ当地で開設されていたという由緒から、市立ての最初に千ヶ瀬より出て青梅の市を開いたという(杣保志)。慶長一八年(一六一三)二月、新開地の新町村への入村を求める幕府代官回状の宛先に当村名がみえ、開発人吉野織部之助は新町から幅二間の「青梅千ケ瀬之野道」を定めている(「仁君開村記」吉野家文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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