千代様城跡(読み)ちよがためしじようあと

日本歴史地名大系 「千代様城跡」の解説

千代様城跡
ちよがためしじようあと

[現在地名]庄川町庄

段(だん)の城跡の南方、北流する庄川が礪波平野の入口にさしかかる辺りの右岸にそびえる三条(さんじよう)山(標高三三四・五メートル、比高二三五メートル)の山上に築かれている。山が高いため、山頂からは礪波平野が一望できる。庄(しよう)城ともよばれて南北朝時代には井口(いのくち)城(現井口村)とともに桃井直常方の主要拠点で、康安二年(一三六二)桃井討伐のため越中へ進攻した幕府方の軍は七月庄城を攻めている(貞治二年六月日「二宮円阿軍忠状」遺編類纂所収二宮文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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