富山県西部にある沖積平野。庄川(しょうがわ)の扇状地が大部分を占めるが、南部は高清水(たかしょうず)山地から流れる諸川の複合扇状地、西部は小矢部川(おやべがわ)の狭い流域平野である。庄川は古代には北西に流れていたが、洪水ごとに流路を東に転じてきた。現在の河道が固定するようになったのは、1714年(正徳4)の洪水後に加賀藩によって松川除(まつかわよけ)の堤防が完成してからである。
古代には豪族礪波臣志留志(となみのおみしるし)が支配していた地で、また、東大寺の荘園(しょうえん)の多かった所である。加賀藩は開田に力を注ぎ、平野を穀倉地帯にした。平野の中心には出町(でまち)、福野、福光などの市場町が発達した。昭和初期には扇頂部の青島(現、砺波市)に庄川合口(ごうくち)ダムが完成し、平野の灌漑(かんがい)用水はすべてここで取水するようになった。
平野の散居集落は「礪波平野の散村」として知られる。カイニュ(垣入)とよばれる屋敷林に囲まれた農家が水田地帯に約200メートルの間隔で散在し、独特の風景を展開する。散村の起源については諸説があるが、少なくとも近世以前からあったとされる。
[深井三郎]
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