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千葉秀胤 ちば ひでたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

千葉秀胤 ちば-ひでたね

?-1247 鎌倉時代の武将。
千葉常秀(つねひで)の長男。上総権介(かずさのごんのすけ)を称す。寛元2年評定衆。4年執権北条時頼打倒をはかったが失敗し追放される(宮騒動)。宝治(ほうじ)元年三浦泰村がほろぼされると(三浦氏の乱),その娘婿秀胤も時頼の追討をうけ,同年6月7日弟時常とともに自害した。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の千葉秀胤の言及

【上総国】より

…47年(宝治1)相模の三浦泰村は,安房・上総の所領から甲冑を相模に運び,宝治合戦を起こした。泰村の妹婿としてこの事件に連座した上総権介千葉秀胤は,一宮の大柳の館(長生郡睦沢町大谷木)で幕軍に討たれた。1333年(元弘3)鎌倉幕府滅亡戦に際し,千葉介貞胤は反北条勢力の側に立ち鎌倉を攻めた。…

※「千葉秀胤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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