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安達景盛 あだちかげもり

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

安達景盛
あだちかげもり

[生]?
[没]宝治2(1248).5.18.
鎌倉時代前期の武将。盛長の子。出羽介。執権北条時頼外祖父として権勢をふるい,三浦氏を滅ぼした。 (→宝治合戦 )

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デジタル大辞泉の解説

あだち‐かげもり【安達景盛】

[?~1248]鎌倉前期の武将。執権北条時頼の外祖父として権勢をふるい、宝治元年(1247)時頼と謀って三浦氏を滅ぼした。

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百科事典マイペディアの解説

安達景盛【あだちかげもり】

鎌倉時代の武将。藤九郎盛長の子。出羽介(でわのすけ),秋田城介(じょうのすけ)。源実朝没後高野山にはいって出家したが,その後も幕政の枢機に参画し,承久の乱にも参軍した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安達景盛 あだち-かげもり

?-1248 鎌倉時代の武将。
安達盛長(もりなが)の長男。父とともに源頼朝につかえ,建保(けんぽ)6年出羽介(でわのすけ)となり秋田城を支配するが,翌年将軍源実朝(さねとも)の死をいたんで出家し,高野山にはいる。娘松下禅尼の生んだ北条経時(つねとき),時頼(ときより)が執権につくと外祖父として権勢をふるい,宝治(ほうじ)元年三浦氏をほろぼした。宝治2年5月18日死去。通称は弥九郎。法名は大蓮房覚智(地)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

安達景盛

没年:宝治2.5.18(1248.6.11)
生年:生年不詳
鎌倉前期の武士。盛長と丹後内侍との間に生まれ,父と共に源頼朝の近習として仕える。頼朝の死後,子の頼家に妾の問題で危うく命をうばわれかけたが,北条政子に救われ,以後,北条氏との親密な関係を保つ。頼家側近の梶原景時を追い落とすことに力を尽くし,建保6(1218)年には出羽介に任じられて秋田城介を復活し,こののち,安達氏は秋田城介を世襲することになる。承久1(1219)年に源実朝が暗殺されると,出家して覚智と称し,高野山にその菩提を祈る金剛三昧院を建立。高山寺の明恵との親交もあったが,娘の松下禅尼が生んだ北条時頼が執権となったことから,宝治1(1247)年に高野山から鎌倉に下りて,子の義景と共に三浦氏を滅ぼす中心となった。

(五味文彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

あだちかげもり【安達景盛】

?‐1248(宝治2)
鎌倉前期の武将。盛長の長子。父とともに源頼朝に重用され,1218年(建保6)出羽介となり秋田城を支配して秋田城介(じようのすけ)と称される。将軍源実朝の死(1219)により出家し高野山へ入る。法名大蓮房覚智。出家後も幕政に深く関与し,娘(松下禅尼)の子北条経時・時頼が執権のときには外祖父として勢威をふるい,1247年三浦氏を滅ぼして北条氏に次ぐ御家人となった。宝治合戦【青山 幹哉】

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大辞林 第三版の解説

あだちかげもり【安達景盛】

?~1248) 鎌倉時代の武将。源頼朝に仕え、幕府創設に活躍。出羽介。執権北条経頼・時頼の外祖父として幕政に深く関与。1247年、政敵三浦一族を滅ぼす。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安達景盛
あだちかげもり
(?―1248)

鎌倉前期の武将。父は盛長(もりなが)、母は丹後内侍(たんごのないし)。源頼朝(よりとも)挙兵以来、父とともに仕え、幕府開創に尽くす。2代将軍頼家(よりいえ)、3代将軍実朝(さねとも)にも仕え、幕府の重鎮であった。実朝の死に際しては多くの御家人(ごけにん)とともに出家した。この間、1218年(建保6)に秋田城介(あきたじょうのすけ)となり、以後この地位は安達氏の世襲となった。出家後は大蓮房覚智(地)(だいれんぼうかくち)と号し、高野山(こうやさん)に入り、実朝菩提(ぼだい)のために金剛三昧院(こんごうさんまいいん)を建立した。高野山にありながらも幕府の要請にこたえて幕政に参画し、とくに北条経時(つねとき)、時頼(ときより)の執権時代にはその外祖父として権勢を振るった。1247年(宝治1)には時頼と謀って三浦氏を討った。また父の代より上野(こうずけ)(群馬県)、三河(愛知県)両国の守護人となっており、上野国では在地武士の被官化が進められていた。[山本隆志]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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