日本歴史地名大系 「半場村」の解説 半場村はんばむら 静岡県:磐田郡佐久間町半場村[現在地名]佐久間町半場佐久間村の南、天竜川右岸の戸口(とぐち)山北部山麓にある。集落は河岸段丘上に位置する。豊田(とよだ)郡に属する。村名は「橋場」に由来するとされる(遠江国風土記伝)。古くは対岸佐久間村大磯(おおいそ)へ「天竜川横越船」があった(宝暦六年「横越船催村覚書」平賀家文書)。正保郷帳に村名がみえ永高一〇貫二五〇文、幕府領。うち社領一貫文、はへ山の注記がある。元禄郷帳では高一二一石余。旧高旧領取調帳では幕府領一〇八石余、そのほか馬主(ましゆ)神社(現神妻神社)除地三九石余、天竜寺(現曹洞宗)除地九斗余など寺社除地計四四石余。 半場村はんばむら 静岡県:浜松市旧長上郡・豊田郡地区半場村[現在地名]浜松市材木町(ざいもくちよう)天竜川西岸に位置し、西を天竜川支流安間(あんま)川が流れる。安間川の西対岸は龍光(りゆうこう)村。文化一二年(一八一五)の天竜川御普請絵図(浜松市博物館蔵)は、天竜川の中洲に形成された鶴見(つるみ)輪中北端の堤外に畑地を描き、「安留鶴見半場入会附洲起返」と記す。松平忠頼領郷村帳では高一一三石余、田八町六反余・畑四町六反余。領主の変遷は東(ひがし)村と同じ。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報