南屋形村(読み)みなみやかたむら

日本歴史地名大系 「南屋形村」の解説

南屋形村
みなみやかたむら

[現在地名]鹿島町南屋形

南東流する真野まの川東岸の丘陵沿いに位置し、南は鹿島村、西は横手よこて村と枝郷永田ながた村、北は北屋形村。鹿島宿からの浜街道は横手村との境をなす。応永一三年(一四〇六)新田一族の岩松義政が鎌倉より陸奥行方なめかた郡に移り、のちに屋形を築いたのが屋形村の由来という(奥相志)。明暦二年(一六五六)永田村を分村(相馬藩政史)、天保郷帳に「古者 南屋形村・永田村弐ケ村」と注記される。正保郷帳では田方三七七石余・畑方一〇二石余。明暦二年の高九五七石余(相馬藩政史)。元禄郷帳によると高七三一石余、ほかに枝郷永田村一九六石余がみえる。なお元禄検地高は九四二石余、ほかに新田三石余がある(奥相志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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