南幾世橋村(読み)みなみきよはしむら

日本歴史地名大系 「南幾世橋村」の解説

南幾世橋村
みなみきよはしむら

[現在地名]浪江町幾世橋(きよはし)

北を泉田(いずみだ)川、南を高瀬(たかせ)川が流れ、村の東で合流して請戸(うけど)川となる。西は権権堂(ごんげんどう)村、北の対岸は北幾世橋村。もと泉田村と称し、寛文六年(一六六六)泉田村を南北に分け、当地は南泉田村と称したが、宝永年間(一七〇四―一一)南幾世橋村と改めたという。単に幾世橋村とも称した。正保郷帳に泉田村とあり、田方七〇〇石余・畑方五五八石余。元禄郷帳では泉田村は高一千六〇石余、北泉田村は高九三〇石余。総士禄高調の文禄二年(一五九三)の項に「弐百七拾貫五百三十文 泉田□□□」とみえるが、これは泉田胤清の采地二七五貫三〇文のことという(奥相志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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