南村八幡神社(読み)みなみむらはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「南村八幡神社」の解説

南村八幡神社
みなみむらはちまんじんじや

[現在地名]高野町南 土居沖

神之瀬かんのせ川の南方大鬼おおき山北麓に鎮座祭神は応神天皇・神功皇后・武内宿禰など。旧村社。鶴岡つるがおか八幡宮大宮おおみや八幡宮ともいう。社伝によれば、崇神天皇の頃高神を祀ったのが始まりとされ、天元二年(九七九)福円原ふくえんばらに新社殿を造立し、石清水八幡を合祀したので福円原八幡宮と称された。

じび庄の地頭山内氏は、正和五年(一三一六)関東から入部し、新市の蔀しんいちのしとみ山に居城を構えたが(芸藩通志)、同時に荘内の守護神として鎌倉の鶴岡八幡を南村の八旗迫やはぎざこ勧請した。元亨元年(一三二一)この鶴岡八幡を福円原八幡宮に合祀してからは、当社は山内氏の発展とともに荘内に大きな力をもつようになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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