南梅本村(読み)みなみうめのもとむら

日本歴史地名大系 「南梅本村」の解説

南梅本村
みなみうめのもとむら

[現在地名]松山市南梅本町みなみうめもとまち

松山平野の東平坦部に位置する農村。東は西之岡にしのおか(現温泉郡重信町)、西は水泥みどろ村、南は野田のだ(現温泉郡重信町)、北は北梅本村に接する。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)久米くめ郡の項に「梅本村 日損所、松林有」とある。それから約一世紀後の延享三年(一七四六)に分れて、南北の二村となった(久米郡手鑑、久米郡判鑑帳、伊予国久米郡誌)(→北梅本村

「日本地理志料」によると、古代には久米余戸あまるべ郷に属する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む