南淵年名山荘跡(読み)みなぶちのとしなさんそうあと

日本歴史地名大系 「南淵年名山荘跡」の解説

南淵年名山荘跡
みなぶちのとしなさんそうあと

[現在地名]左京区修学院開根坊町

大納言南淵年名は儒門より出て、文徳・清和両天皇の時代に学徳をもって知られた。晩年この地に山荘を営んで小野おの山荘とよび、貞観一九年(八七七)三月一八日には尚歯会を催している(「古今著聞集」巻四)

尚歯とは年歯の高きを尚ぶの意で、会は高齢者が詩歌管絃を催して遊楽の時を過ごす集りである。「本朝文粋」(巻九詩序)によると、年名は唐の白楽天が宿老・名賢を招き宴会して尚歯会と名付けたのにならい、大江音人・藤原冬嗣菅原是善・文室有真・菅原秋緒・大中臣是直ら一流の文人・政客六名を招き、「七叟の尚歯会」と称したが、これはわが国における尚歯会の先駆けであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む