原田七郎(読み)はらだ しちろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「原田七郎」の解説

原田七郎 はらだ-しちろう

1806-1866 幕末尊攘(そんじょう)運動家。
文化3年5月5日生まれ。豊前(ぶぜん)田川郡(福岡県)若松八幡宮の神職。天保(てんぽう)9年郷里をでて諸国を遍歴し,月照らと親交をむすんだ。文久3年(1863)花山院家理(かざんいん-いえのり)を擁して九州での挙兵を計画するが,高橋清臣(きよおみ)とともに大坂で捕らえられる。日田(ひた)へ護送途中,慶応2年3月13日伊予(いよ)沖で投身自殺。61歳。名は重方(しげまさ)。
格言など】ふふめりし片山さとの桜花雲居に匂ふ時をこそまて(辞世)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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