原田西村(読み)はらだにしむら

日本歴史地名大系 「原田西村」の解説

原田西村
はらだにしむら

[現在地名]中央町原田はらだ

南は頼元よりもと村で、筒宮つつのみや山へ続く斜面にあり、台地上に耕地が多い。東の原田中村の亀甲かめのこうから西の打穴うたの川筋に通じる道がある。寛文元年(一六六一)原田村を東・中・西の三村に分けたという(作陽誌)。元禄一〇年(一六九七)の美作国郷村帳では原田西村の高五六二石余。「作陽誌」の戸口は五〇軒・二七七人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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