原黒村(読み)はらくろむら

日本歴史地名大系 「原黒村」の解説

原黒村
はらくろむら

[現在地名]両津市原黒

北西はわずかに湊(みなと)町に続き、北は両津湾、西は加茂(かも)湖、南は潟上(かたがみ)村下組(しもぐみ)、東は住吉(すみよし)村と接する。沖積層の低地の大部分は水田で、人家は現県道両津―赤泊―小木線沿いに密集する。村名は焼蒔農法による開墾からくるとみられる。近世は享保四年(一七一九)まで城腰(じようのこし)村のうち。慶安元年(一六四八)の城腰村之内原黒与帳(藤井清右衛門家蔵)では、田地は四千四三九束苅で、名請人は一六人。寛文二年(一六六二)の居住願書(三国家文書)によると、羽二生(はにう)に漂着し、当地に定住した能登国の船頭長兵衛により揚浜式製塩が始められたという。元禄七年(一六九四)の城腰村の検地帳(城腰区有)にみえる塩畑一町七反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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