又新村(読み)またしんむら

日本歴史地名大系 「又新村」の解説

又新村
またしんむら

[現在地名]燕市又新

関崎(せきさき)村の東にある。寛永一九年(一六四二)甲州の浪士小原又左衛門の開発と伝え、古くは又左衛門新田と称し、慶安二年(一六四九)に村上藩領となり、明暦三年(一六五七)検地が行われ、延宝二年(一六七四)又新村に改称したという(皇国地誌)。正保国絵図は村名のみで、幕府領とある。貞享元年(一六八四)の村上藩領分郷村高辻帳は八三石四斗余。明和二年(一七六五)の石瀬代官所村々高辻帳(北条一也氏蔵)は三六四石四斗。明暦三年の検地後信濃川が破堤し田畑の畦畔境が混乱したため、寛文年間(一六六一―七三)に村上藩の許可を得て割地を行い、年貢は軒前高に割賦、一軒前は一七石三斗であった(慶応二年「破免検見願」石川家文書ほか)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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