及川村(読み)おいがわむら

日本歴史地名大系 「及川村」の解説

及川村
おいがわむら

[現在地名]厚木市及川

荻野(おぎの)原の東端、南に小鮎(こあゆ)川が流れ、東は妻田(つまだ)村、西は飯山(いいやま)村、北は下荻野(しもおぎの)村。甲州道が村の東境を通る。村の中央を東南流する荻野川が村域南端で小鮎川と合流する。このため天保五年(従午歳戌歳迄)可相納割附帳(厚木市史史料集八)に「安永八亥、川欠引」とあり、出水の被害がみられる。

小田原衆所領役帳に花之木「百拾貫文 中郡恩名・及川」とある。近世は宝永年間(一七〇四―一一)まで幕府直轄領・旗本領・藩領と替わるが、以後は幕府・旗本領と分れ、延享二年(一七四五)からは旗本のみの四給。嘉永七年(一八五四)四月平塚宿加助郷勤高控(厚木市史史料集一〇)によると、

<資料は省略されています>

とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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