古和浦(読み)こわうら

日本歴史地名大系 「古和浦」の解説

古和浦
こわうら

[現在地名]南島町古和浦

熊野灘に面した古和浦の最奥部。東は方座ほうざ浦、西はにしき(現紀勢町)。北部は古和峠を経て古和河内こわぐち(現紀勢町)に至る。古和川に沿うわずかな平坦地が耕地で、集落は河口部に集中する。近世前期には有地あるじ川に沿う地域の新田開発が行われ、さらに納戸地なろじ川沿いにも納戸地新田が開かれている。

延元二年(一三三七)の北畠親房御教書案(荘司文書)に古和法眼寂円なる人物がみえる。甘露寺古和文書によれば、その後古和嶋一族・古和衆とよばれる一族が国司北畠氏に属し、伊勢における南朝勢力として活動した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む