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古庄逸翁 こしょう いつおう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

古庄逸翁 こしょう-いつおう

1791-? 江戸時代後期の塩田開発者。
寛政3年生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)姫島の庄屋。嘉永(かえい)(1848-54)のころ姫島に入浜式の塩田をひらく。ついで豊後杵築(きつき)藩からも出資をうけ,安政6年までに約9haの塩田を造成した。名は重政。通称は小右衛門。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

古庄逸翁

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:寛政3(1791)
豊後(大分県)姫島で殖産,教育に努めた庄屋,姫島塩田開発者。諱は重政。6歳で島の庄屋を継ぐ。嘉永3(1850)年の凶作に際し,島民救済のため塩田2町歩,耕地1町2反歩の開拓事業を興し,さらに杵築藩の出資をえて安政5,6(1858,59)年に塩田9町歩,耕地2反歩を開発した。重政にもとより資産はなく,ときには妻と共に塩菰などを編み生計の資としたと伝え,一生を島民と塩田のためにささげた。古庄家は,その父拙翁も塩田1町5反歩を開き,また甘薯栽培も始めている。幕末には一族の古庄嘉四郎も姫島六番浜の干拓を行っている。<参考文献>水上清『塩と碑文』

(廣山堯道)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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