古田井(読み)ふつたゆ

日本歴史地名大系 「古田井」の解説

古田井
ふつたゆ

慶安元年(一六四八)津藩士柴山次兵衛・山中兵助、和歌山藩士安井五左衛門・丹羽弥四郎などの監督により開起された用水。宮野(みやの)村の北西に古田池(敷地一二町六反)を築き、貯水引水して釜生田(かもだ)・島田(しまだ)・一志の諸村に水路を開削し、小川(おがわ)村の西で中村(なかむら)川に注水した。さらに中村川より分水して二本の暗渠を造り、字中島(なかじま)で右六分、左四分に分流した。本流は野田(のだ)村・新屋庄(にわのしよう)村を流れ数派に分流し、一方は黒田(くろだ)・見永(みなが)・野田村と流れ、余りは新井(しんゆ)に落ちた。慶安元年当時の水掛村落は黒田・野田・見永・新屋庄・小村(こむら)、甚目(はだめ)・舞出(まいで)・森(もり)・須川(すがわ)・星合(ほしあい)・笠松(かさまつ)・曾原(そはら)・肥留(ひる)・中林(なかばやし)・中道(なかみち)・小津(おづ)(現三雲村)の一六ヵ村で、水掛反別五四二町六反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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