古間木城跡(読み)ふるまぎじようあと

日本歴史地名大系 「古間木城跡」の解説

古間木城跡
ふるまぎじようあと

[現在地名]石下町古間木

古間木集落北西の舌状台地に所在。享保年間(一七一六―三六)の開発によって新田となった古間木沼に臨んでいた。南には濠・土塁の跡が残っている。

願牛がんぎゆう寺の縁起によると、建暦二年(一二一二)東国入りした親鸞は古間木城主稲葉伊予守勝重のもとに身を寄せ、同寺を創建したという。渡辺軍功書(石塚家文書)によれば室町時代後期に渡辺氏の居城となり、渡辺新兵衛尉は古河公方足利政氏に北総の将士とともに従い、文亀三年(一五〇三)野田(現千葉県野田市)や永正一六年(一五一九)椎津城(現千葉県市原市)などに出陣、政氏から感状を受けている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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