日本歴史地名大系 「只川橋下岩陰墓地遺跡」の解説 只川橋下岩陰墓地遺跡ただがわばししたいわかげぼちいせき 群馬県:甘楽郡下仁田町馬山村只川橋下岩陰墓地遺跡[現在地名]下仁田町馬山 下ノ平国道二五四号の鏑(かぶら)川に架かる只川橋の上流一五〇メートルほどの所、右岸に位置する河食岩陰内にある。標高二〇〇メートル前後、現河床との比高一〇メートル。対岸には弥生後期の墓地の可能性をもつ三笠山(みかさやま)岩陰遺跡(現富岡市)や多くの古墳が存在する。昭和四四年(一九六九)岩陰の入口付近に置いてあった砂利をどかす際に、弥生後期の土器や二体の人骨、小型の定角式磨製石斧、垂飾用の装身具あるいは呪具らしき石製品が発見された。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報