吉次峠(読み)きちじとうげ

日本歴史地名大系 「吉次峠」の解説

吉次峠
きちじとうげ

玉名たまな伊倉いくらから熊本に出る原倉はらくら村道が、さんノ岳から東北に連なる尾根を越えるところにあり、玉名郡玉東ぎよくとう町と植木町の境界をなす。伝承では金売吉次信高が、この地で強盗に殺され、その墓が木留きとめ村の山上にあるため吉次峠と称するというが、もとより信じがたい。西南戦争の激戦地として知られ、明治一〇年(一八七七)二月二七日高瀬たかせ(現玉名市)から退いた西郷軍が田原たばる坂とともに陣をしき、三月三日・四日、昼夜を分たずの砲撃戦でも政府軍はこれを抜けず、伊倉高瀬後退、以後政府軍は田原坂に全力を投入することになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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