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吉雄俊蔵 よしお しゅんぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉雄俊蔵 よしお-しゅんぞう

1787-1843 江戸時代後期の蘭学者。
天明7年生まれ。吉雄耕牛の孫。叔父(おじ)吉雄権之助にまなぶ。各地でオランダ語をおしえ,文化13年名古屋に私塾観象堂をひらく。文政9年名古屋藩につかえ,天保(てんぽう)10年奥医師にすすむ。天保14年9月2日雷汞粉(らいこうふん)製法の実験中に爆死したという。57歳。肥前長崎出身。名は尚貞。字(あざな)は伯元。通称は別に常三。号は南皐(なんこう)。著作に「和蘭(オランダ)内外要方」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉雄俊蔵
よしおしゅんぞう
(1787―1847)

江戸後期の蘭(らん)学者、蘭方医。長崎の人。名は尚貞、字(あざな)は伯元、または魯彦。南皐(なんこう)と号し、通称は俊蔵、のち常三(じょうさん)。吉雄耕牛(こうぎゅう)の孫にあたり、早くからオランダ医学・オランダ語を学び、さらに天文・暦学・砲術を修めた。1814年(文化11)羽栗洋斎(はぐりようさい)と名をかえて大坂に出て蘭学塾を開き、オランダ文法書『六格前篇(ぜんぺん)』を著した。1817年名古屋で開業、尾張(おわり)藩の侍医となり、翻訳局を開いた。さらにオランダ原書により化学を研究、ついに雷汞(らいこう)(雷酸水銀)の製造に成功して雷管をつくった。弘化4年、雷粉の実験中、暴発により死亡した。[大鳥蘭三郎]

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