日本大百科全書(ニッポニカ) 「向う岸から」の意味・わかりやすい解説
向う岸から
むこうぎしから
С того берега/S togo berega
19世紀ロシアの評論家・小説家ゲルツェンの代表的著作の一つで、1848年の二月革命前後の、フランスを中心とする西欧の政治情況をめぐる哲学的評論集。共和制の秩序を守るために正当化される六月事件(1848)の惨劇や、多数意志の名による帝政の復活など、近代市民社会の欺瞞(ぎまん)を目撃した著者の、西欧文明への絶望の書である。「革命の挫折(ざせつ)の中で難破した自由主義と民主主義への追悼(ついとう)の書」(バーリン)とも評される。歴史を偶然的要因の織り成す即興曲とみなし、18世紀以来の楽観的進歩史観をいち早く否定、人間の自由意志に絶対的価値を付与する彼の思想には、実存主義の萌芽(ほうが)がみられる。また、権威や教義に盲従する没個性的なブルジョア文化の批判は「大衆社会論」の先駆とも評価される。本書は1847年から50年にかけて執筆され、50年にドイツ語版、55年にロシア語版で刊行。同じ時期に書かれた政治論集『フランス、イタリアからの手紙』と対をなしている。
[名和光生]
『『向う岸から』(森宏一訳『ゲルツェン著作集I』所収・1986・同時代社/外川継男訳・1970・現代思潮社)』