実存主義(読み)ジツゾンシュギ(英語表記)Existentialism

デジタル大辞泉 「実存主義」の意味・読み・例文・類語

じつぞん‐しゅぎ【実存主義】

《〈フランスexistentialisme》人間の実存を哲学の中心におく思想的立場。合理主義実証主義に対抗しておこり、20世紀、特に第二次大戦後に文学・芸術を含む思想運動として展開される。キルケゴールニーチェらに始まり、ヤスパースハイデッガーマルセルサルトルらが代表者。実存哲学

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精選版 日本国語大辞典 「実存主義」の意味・読み・例文・類語

じつぞん‐しゅぎ【実存主義】

  1. 〘 名詞 〙 ( [フランス語] existentialisme の訳語 ) 第二次世界大戦直後、フランスのサルトルによって造語された思想運動。人間の実存、つまり理性や科学によって明らかにされるような事物存在とは違って、理性ではとらえられない人間の独自のあり方を認め、人間を事物存在と同視してしまうような自己疎外を自覚し、自己疎外から解放する自由の道を発見していこうとする立場をいう。ドイツのハイデッガー、ヤスパース、フランスのマルセルは、哲学によってこの企てを試み、フランスのサルトル、カミュは、文学作品をとおし、また、後期のサルトルは、政治への参加によって、この企てを試みている。
    1. [初出の実例]「流行の実存主義は彼には滑稽に見えた」(出典:武蔵野夫人(1950)〈大岡昇平〉九)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「実存主義」の意味・わかりやすい解説

実存主義
じつぞんしゅぎ
Existentialism

世界における人間の実存 (現実存在) を説明しようとする哲学の一派。主として 20世紀に意識的な運動となって現れ,ハイデガーヤスパースサルトルマルセルメルロー=ポンティらが実存主義哲学者とされるが,その特徴は 19世紀の思想家であるニーチェキルケゴールにもすでに認められる。直接の先駆者であるキルケゴールは人間の自由選択の意義を強調し,未来の一部分はこの選択にかかっており,閉鎖的な合理的体系によって予知しうるものではないとし,このような人間存在を実存と呼んだ。他のものと代置しえないこの個別的実存のもつ哲学的重要性を強調する立場が広く実存主義と称される。
非合理主義者による伝統哲学への反抗とみられることもあるが,実存主義はおもにその内部で発展した理論であった。次の3つの理由から認識論を否定し,人間に関する知識を深めようとする立場である。第1に,人間は単に認識主体ではなく,心配し,望み,あやつり,そしてなかんずく選択し,行動する。ハイデガーは物体を認識のための「物」ではなく,使うための道具とみなす。メルロー=ポンティは生の経験はみずからの肉体の経験から始るとする。第2に,認識論の教義にときとして必要な自己 (自我) は,内省以前の経験の基本的特徴ではなく,他人の経験から生じる。認識主体たる自我は,外の物の存在を推論したり構成するというよりは,むしろ前提としている。第3に,人間は世界の独立した観察者ではなく,「世界のなか」に存在する。人間は木石のような存在とは違う特殊な意味で「存在」する。しかし,デカルトの見解に反して,人間は知識や知覚の介在なしに世界を受入れる。人間が外の物を推論したり,映したり,疑う独立した意識の領域は存在しない。実存主義者がデカルト主義者の二元論を拒絶する理由の一つは,認識より存在に関心があり,現象学は存在論でもあると考えるからである。
特殊な意味で人間が存在するということは,みずからの選択と行動で決めた未来が開かれていることを意味する。木石やトラなどの他の存在は,自分が何であり,何をなすかを決める本質ないし本能をもつ。反対に,人間は自分の行動を支配するような本質を,種としても個としてももたない。人間は,みずからの選択,生き方の選択 (キルケゴール) ,特殊な行動 (サルトル) によって,みずからが何たるかを決める。単に「与えられた」役割を演じたり,「与えられた」価値 (たとえば神や社会から与えられた) に従っているときでさえ,実際にはそうすることを選んでいるのである。なぜなら,合理的にせよ偶然にせよ,人間の選択を単独で決定する与えられた価値は存在しないからである。どんな選択でも可能というわけではない。人間の「存在が世界のなかにある」ということは,特殊な状況に「放擲」 (ハイデガー) されていることを意味する。自由に利用できると思えるものも,実際にそうとは限らない。それを前もって知ることもできない。人間の選択は,どのような形にせよ説明できるものではないと実存論者は主張して,科学的唯物論を否定する。未来の開放性,個人とそのおかれた状況の特異性は合理的哲学体系を寄せつけない,とも主張する。それが,彼らが「存在」にこだわるもう一つの理由である。存在は,認識と異なるだけでなく,個人的なものや特殊なものをきちんととらえられない抽象概念とも異なる。
実存主義者は人間の選択には合理的な理由はないとしているので,規則や価値観という意味での倫理を提唱しない。むしろ倫理を行動や選択を考える枠組みとみる。この枠組みは選択すべきものを示唆するのではなく,正しい選択と誤った選択があることを示す。人は信頼できるものにも信頼できないものにもなれる (ハイデガー) し,誠実にも不誠実にも行動できる (サルトル) 。不誠実な行動とは,多数派に盲目的に従ったり,既存の価値や制度を支持することなどをいう。特に,人間は死,苦悩,争い,罪などの「限界状況」 (ヤスパース) に直面すると,自分が行動すべき世界の究極的な不可解さとともに,みずからの行為者としての責任を認識するようになる。
実存主義は,心理学 (ヤスパース,ビンスワンガーレーン ) やキリスト教 (キルケゴール,マルセル) だけでなく,無神論 (ハイデガー,サルトル) や神学 (バルトティリヒブルトマン ) など,哲学以外の分野にも大きな影響を与えた。実存主義は特定の政治的信条を内包しないが,政治的直接行動主義につながる人間の自由をそこなうものや体制順応主義への反感と責任の強調 (サルトル) を伴う。キルケゴールが唯一すすめる「間接的伝達」は実存主義者の多くに無視されたが,特定の状況と自律的選択の重視は,哲学論文だけでなくドラマや小説によっても,実存的真理を伝えうることを意味する。実存主義への関心は数々の想像力にあふれた文学作品 (サルトル,カミュボーボアール ) を生んだ。そのうえ,実存主義哲学はあらゆる時代の文学作品,たとえばソクラテスシェークスピアドストエフスキーフォークナーに共通する主題を表現したり解釈する手段をもたらした。

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改訂新版 世界大百科事典 「実存主義」の意味・わかりやすい解説

実存主義 (じつぞんしゅぎ)
existentialism

人間の本来的なあり方を主体的な実存に求める立場。実存existence(existentia)とは現実存在の意であり,元来は中世のスコラ哲学で本質essence(essentia)の対概念として用いられた表現である。例えば,ペーパーナイフの実存といえば,材質や形状がまちまちである個々の具体的な現実のペーパーナイフの存在を意味するが,その本質といえば,この木片もその金属棒もあの象牙細工もいずれもがペーパーナイフであると言える場合の基準の存在を指すことになる。そして,ここに実存するものがただの木片でなくまさにペーパーナイフであると言えるためには,あらかじめペーパーナイフの本質が理解されていなければならず,したがって事物の真相を知るとは,実存にとらわれずに本質をわきまえることとされたのである。ところが,人間の存在に関しては,そのような普遍的な本質を規定してかかることが困難である。人間の生き方には,前もって共通の基準が決まっているわけではなく,むしろ民族や地域や時代や文化などの異なる特殊歴史的な状況のもとでそのつどみずからの生き方を創り出していくことに,人間らしい誠実さが求められる。人間は各人が自由と責任の主体であり,個々の実存においてみずからの本領を発揮すべき存在なのである。実存はexistere(外へex+立ち出でるsistere)というラテン語に由来し,したがって日常性に埋没した自己を脱自的に超え出て主体性の回復を図るという意味を含む。とりわけ,合理主義のもたらした高度の技術化と組織化の中で人間疎外を経験している現代人にとって,実存への覚醒による自己回復の道を示す実存主義は,一つの魅力になったと言えよう。また,実存主義はしばしば合理的に割り切れない人間存在の偶然性の不条理に注目する。人間が自由であり脱自的であるとしても,そのような仕方で存在している事実そのものは,人間の自由裁量によるわけではなく,いわばゆえなくして自由であるにすぎない。自己に関心をもたざるをえない人間が,自己のうちに存在の根拠をもたないこのことに気づくとき,不安や無意味感や挫折に襲われるが,そうした実存の根源的無の状況を介在させてはじめて脱自的な主体性確立の道が意味をもってくる。この極限状況からの超克を,超越者や神とのかかわりに求めるか,無意味さそのものの肯定に求めるか,自由のもつ創造力に求めるかによって,実存主義にもさまざまな立場が生じてくることになる。

 このような実存思想は,人間の本質を理性に据えて合理性のみを追求してきた近代精神への批判として,19世紀にキルケゴールによって説かれたものを嚆矢(こうし)とする。彼はとくに《哲学的断片への後書》(1846)において,客観的真理が人間を生かすのではなく〈主体性内面性が真理である〉と語り,単独者として神の前で主体的に生きる人間を宗教的〈実存〉と呼んだ。ニーチェもまた不断に脱自的であらざるをえない人間を〈力への意志〉に基づく〈超人〉と名づけ,無意味な自己超克を繰り返しているかに思われる運命を肯定することに意味を発見した。〈実存哲学〉の語が定着するのは,第1次大戦後の動向のうちとくに《存在と時間》(1927)に表明されたハイデッガーの哲学を念頭に置いて,これを〈人間疎外の克服を目指す実存哲学〉と呼んだF.ハイネマンの著《哲学の新しい道》(1929)以降であり,ヤスパースがこれを受けて一時期みずから〈実存哲学〉を名のった。ほかに,ベルジャーエフ,G.マルセル,サルトルらの哲学を実存哲学に含めるが,彼らは必ずしもみずからの哲学を実存哲学と呼んではいない。〈実存主義〉の語はサルトルの《実存主義はヒューマニズムである》(1946)によって一般化したが,文学界では人間の不条理を抉出するサルトルやカミュ,さらにはカフカ,マルローらを実存主義文学者と呼ぶことができる。精神医学や心理学には,ビンスワンガー,フランクル,ボス,R.メイ,マズローらによって実存思想が導入された。神学界ではブルトマンが実存神学を標榜,ティリヒにも受容されており,K.バルトやE.ブルンナーらの弁証法神学運動も当初は実存主義的動機によるものであった。法学に実存主義を生かそうと試みた人に,W.マイホーファーやE.フェヒナーらがいる。

 日本にキルケゴールが紹介されたのは1906年以降であり,内村鑑三,上田敏,金子筑水(馬治),葉山万次郎らによる。ニーチェは1899年以来,吉田静致長谷川天渓,登張竹風,桑木厳翼らによって紹介され,高山樗牛が晩年にニーチェ主義の立場をとった。和辻哲郎の《ニイチェ研究》(1913)と《ゼエレン・キェルケゴオル》(1915)とが日本での本格的研究の始まりであり,やがて直接ハイデッガーに師事した三木清や九鬼周造によって実存思想が輸入され,三土興三,吉満義彦らの実存思想家を生んだ。第2次世界大戦後は〈実存主義協会〉も組織されている。実存主義文学者には椎名麟三がいる。
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百科事典マイペディア 「実存主義」の意味・わかりやすい解説

実存主義【じつぞんしゅぎ】

英語existentialism,ドイツ語Existentialismus,フランス語existentialismeなどの訳。人間を〈本質存在〉ではなく,個別具体的かつ主体的な事実存在,すなわち〈実存〉としてとらえる立場で,20世紀の哲学・思想の有力な潮流。近代的・理性主義的人間観への批判として登場し,キルケゴールニーチェハイデッガーヤスパースサルトルらが代表者。カフカカミュマルローらの文学,ビンスワンガーフランクル,ボスらの精神医学,ブルトマン,K.バルトらの神学など,その影響は広範である。
→関連項目アンガージュマン九鬼周造構造主義第二の性ドストエフスキーボーボアールメルロー・ポンティ和辻哲郎

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知恵蔵 「実存主義」の解説

実存主義

実存の哲学」のページをご覧ください。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「実存主義」の解説

実存主義(じつぞんしゅぎ)
existentialism

人間の実存を思考の中心に置く哲学思想。キルケゴールが源流。「実存」のとらえ方により実存主義も一様ではなく,ヤスパースの実存開明の哲学やサルトルカミュの無神論的ヒューマニズム,マルセルのキリスト教的実存主義が含まれる。近代的個人主義をふまえ,資本主義社会の矛盾や増大する社会集団の圧力に対して単独者としての個人性を確保し,科学的合理主義や実証主義に対しては合理性のみでは汲みつくせない人間の内面性の自由を擁護しようとする。それゆえ危機意識の高まった第一次,第二次世界大戦後に必然的に盛んになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「実存主義」の意味・わかりやすい解説

実存主義
じつぞんしゅぎ

実存哲学

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世界大百科事典(旧版)内の実存主義の言及

【西洋哲学】より

…自然的事物に関しては,形相と質料の区別と同様にその〈である=本質存在〉と〈がある=事実存在〉とを区別して考えることは困難だからである。 現代の哲学者,たとえばサルトルが〈事実存在〉に対して〈本質存在〉を優先させてきた西洋哲学の伝統に逆らい――話を人間の存在に限ってのことではあるが――〈本質存在〉に〈事実存在〉つまり〈実存〉を優先させ,そうすることによって人間の根源的自由を主張する実存主義を提唱したことはすでに知られていよう(《実存主義とは何か》)。 同じような企てはすでに19世紀初頭のシェリングの後期思想にも見られる。…

【戦間期】より

…日常性の容赦なき破壊という点で,シュルレアリストは革命運動と相通ずるものをもっていたから,彼らの中で共産党に入党し,そこにとどまった者も少なくなかったが(L.アラゴン,P.エリュアールなど),それ以上の数が党の集権的統制に幻滅して,そこから離れた。 同じように,同時代人の思想のうちに刻印を残した哲学的立場として実存主義論理実証主義をあげることができよう。前者は社会的分裂と政治的崩壊の時代を生きる現代人の不安と孤独をみつめ,そこから真の主体性確立の契機を引き出そうとするもので,M.ハイデッガー,K.ヤスパースがその代表者であった。…

【超越】より

…(2)神学的超越概念 神学においては,有限な偶然的存在を超え出た必然的存在者つまり神を〈超越者〉とよぶ。そこから転じて,信仰によって世俗的生活を脱却し超越者に直面せんとすることや,さらにはヤスパースやサルトルの実存主義においてのように,人間がおのれの無自覚な惰性的存在を脱して,決断と選択の絶対的自由をもつ主体的実存へ飛躍することが〈超越〉とよばれるようになった。しかし,超越の上記の二つの意味はしばしば混同され,またもつれ合ってきた。…

【ヤスパース】より

…キルケゴール,ニーチェ,M.ウェーバーの影響のもと10年余に及ぶ思索の末に,《現代の精神的状況》(1931)と大著《哲学》3巻(1932)とを公刊。前者では大衆社会の中に埋没して自己を喪失している現代人を批判し,後者では限界状況(死,苦,争,責)における挫折を直視することによって超越者の暗号の世界へと立ちいでていく実存の形而上学を展開,〈実存哲学〉の立場を体系化して,現代実存主義哲学の礎石を築いた。リッケルト引退の32年に哲学科主任教授となったが,翌年ナチスにより大学運営参加を締め出される。…

※「実存主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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