向山郷(読み)むこうやまごう

日本歴史地名大系 「向山郷」の解説

向山郷
むこうやまごう

下向山しもむこうやま・上向山一帯に比定される。「一蓮寺過去帳」の大永七年(一五二七)一〇月一日供養の連阿弥陀仏に「向山」と注記される。天文一四年(一五四五)九月九日、武田晴信は北条氏康と戦う今川義元を救援するため甲府を立ち当地にまで進んでいる(高白斎記)「武田家日坏帳」によれば、同二三年四月二一日に向山郷精進しようじ(現上九一色村)渡辺彦次郎(法名道光)の供養が行われている。

天正一〇年(一五八二)一一月六日、徳川家臣松平家忠は陣を善光寺(現甲府市)から「むかい山」へ移しているが、これは当地のことと思われる(家忠日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む