向粥見村(読み)むこうがゆみむら

日本歴史地名大系 「向粥見村」の解説

向粥見村
むこうがゆみむら

[現在地名]飯南町向粥見

粥見(かゆみ)村の南、櫛田(くしだ)川の右岸にあり、粥見村の対岸にあるので向粥見の名称が起こったという。寛文元年(一六六一)検地帳(徳川林政史蔵)に「多気郡向粥見村」とある。当村の枝郷相津(あいづ)から多気(たき)郡佐原(さわら)村(現大台町)へ至る山路があり、相津越と称される。明治二年(一八六九)大指出帳(徳川林政史蔵)によれば家数一三二、産物として木綿・煙草・茶が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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