中国と日本の打楽器で,筒状の胴の太鼓の一種。鞨鼓とも書く。2本の桴(ばち)で打つので両杖鼓ともいう。この型の鼓はインドのサンチー大塔の浮彫にみられ,インド起源ともいわれる。中国には4世紀ころに西域から伝わり,隋・唐代に,天竺伎,亀茲(きじ)伎,疏勒(そろく)伎,高昌伎の楽器として使われた。しかし唐代の書《通典(つてん)》では,羯(けつ)(匈奴の別種)から出たので羯鼓というとする。唐代には盛んに用いられたが,元・明代以降はまったく衰え,現在は使われていない。日本には奈良時代に唐楽(とうがく)の楽器として伝わり,778年(宝亀9),鼓生の壬生駅麿(みぶのうまやまろ)が八声(阿礼声(あれいせい)(阿礼短声),大掲声(だいかつせい),小掲声,沙音声(しやおんせい)(沙声),璫鐺声(とうとうせい)(璫声),塩短声(えんたんせい)(塩声),泉郎声(せんろうせい)(白水郎),織錦声(しよくきんせい))という八つのリズム型を定めたという。平安時代の楽制改革で,羯鼓は唐楽の新楽専用になり,楽器の首位におかれた。中央のふくらんだ木材の胴は口径約15cm,長さ約30cm。鉄輪に皮を張った直径約24cmの革2枚を胴の両端にあて,皮の調緒(しらべお)で締める。調穴は八つで飾革がつく。木の台にのせ,桴を両手にもって打つ。桴は木製で,小指にはさんで軽くもつ。打ち方に正(せい),片来(かたらい),諸来(もろらい)の3種がある。正は右桴で一打し,ほとんどが強拍に打たれる。片来は片手で打つ漸速の連打(トレモロ)で,左桴のことが多い。諸来は両手で打つ連打で,片来よりも細かく刻む。この3種を組み合わせたリズム型をくり返し,それを通じて楽曲のテンポをリードする。したがって演奏グループのリーダーが羯鼓を受け持つ。リズム型に十数種ある。新楽のほかに,古楽でも壱鼓(いつこ)の代りに打たれる。その場合は〈壱鼓打ち〉あるいは〈壱鼓搔き〉といい,左桴を床に立て,右桴だけで打つ〈片桴〉奏法である。 雅楽以外で使われる羯鼓は胸や腹につけて打たれ,風流(ふりゆう)で用いられた。胸に羯鼓をつけることは《梁塵秘抄口伝集》巻十四に1154年(久寿1),京都紫野社(今宮神社)の〈やすらい花〉で乱舞のまねをする童子のかっこうとして記される。放下(ほうか)と呼ばれる中世の遊芸者による羯鼓の芸は八撥(やつばち)ともいい,簓(ささら)やコキリコとともに演じられ,祇園会の囃子にも使われたらしい。能では喝食(かつしき)や放下僧の役が羯鼓と呼ぶ小さな筒形の鼓を腹につけて桴で打って舞う。この小段を〈羯鼓〉といい,《自然居士(じねんこじ)》《花月》《放下僧》などの曲にある。笛,小鼓,大鼓(おおつづみ)の合奏で三段から成る軽妙な舞である。楽式は普通〈中ノ舞〉で始まり,初段目から三段目途中までが羯鼓特有の部分で,笛の地は10クサリで一巡して一段を成す。狂言の〈羯鼓〉も羯鼓をつけて舞う小段で,《鍋八撥》《煎物(せんじもの)》にある。演奏は笛のみで,能とは旋律が違う。歌舞伎舞踊にも胸に小さな鼓をつけて舞うものがあり,この伴奏音楽も〈羯鼓〉という。太鼓の入った囃子で,《賤機帯(しずはたおび)》《京鹿子娘道成寺》などの曲にある。この囃子を伴う三味線の旋律を〈羯鼓の合方(あいかた)〉と呼ぶ。歌舞伎囃子で楽器の羯鼓を使うものに〈奏楽〉がある。これは雅楽を描写し,王朝の雰囲気を表す音楽だが,羯鼓の代りに大鼓を使うこともある。
民俗芸能の羯鼓踊やカンコ踊は風流踊の一種で西日本に多く,両面太鼓を胸や腰につけて踊る。踊り手が花笠やしゃぐまなどの獣の作り物をかぶることもある。
執筆者:奥山 けい子
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…壱鼓,二鼓,三鼓は古楽鼓といわれ,初期には一組で用いられた。平安時代には,古楽には壱鼓を,新楽には羯鼓(かつこ)を用いるようになった。しかし現在は壱鼓の代りに羯鼓を用い,その奏法を〈壱鼓打ち〉あるいは〈壱鼓搔き〉といって,右手の桴(ばち)だけで打ち,左手の桴は柄を手のひらで軽く握り,床に垂直にたてたままにする。…
…中国では六朝以前,日本では唐の玄宗以前などとされるが,その考証は困難であり,むしろ唐楽現行曲にみられる様式上の差異による定義づけが可能である。まず,古楽には原則的に壱鼓(いつこ),新楽には羯鼓(かつこ)を用いる。壱鼓と羯鼓の使い分けは,打音の特色より打法に意味がある。…
…緊張力は膜の取付け方法によって調節可能な場合がある。まず膜の周囲を枠状のものに巻き付け,次にその枠を紐や革帯などで胴にかがり付けた後,胴と革帯の間に楔(くさび)の機能を果たす丸棒などを挟んで締めぐあいを調節する方法(タブラ,ムリダンガ)や,金属の輪や紐などによって,紐や革帯をしぼって緊張度を加減する方法(インドネシアのクンダン,朝鮮の杖鼓(じようこ),日本および中国の羯鼓(かつこ))などを用いて音高を整えるほか,脇の下に太鼓を挟み,演奏中に腕で紐を押しつけて音高を変える方法(アフリカのルンガlunga)もある。しかし最も繊細であるのは日本の小鼓(こつづみ)に見られる,一打ちごとに行われる調緒(しらべお)の締め加減の微妙な調節であろう。…
…仏教音楽では〈どうばち〉ともいい,あるいは〈はち〉といって〈鉢〉の字を当てることもある。かなり大型のものを用いるが,声明曲(しようみようきよく)《三十二相》などには小型のものを用い,これを〈羯鼓(かつこ)〉と呼ぶ。仏教音楽では2枚の円盤を打ち合わせたあと,余韻が響いている間に2枚の縁をかすかに触れ合わせる技法が特徴的である。…
…能の舞事には,笛(能管)・小鼓・大鼓で奏する〈大小物(だいしようもの)〉と太鼓の入る〈太鼓物〉とがあるが,その両者を含めて,笛の基本の楽句である地(じ)の種類によって分類されることが多い。すなわち,呂中干(りよちゆうかん)の地といわれる共用の地を用いる〈序ノ舞〉〈真(しん)ノ序ノ舞〉〈中ノ舞(ちゆうのまい)〉〈早舞(はやまい)〉〈男舞(おとこまい)〉〈神舞(かみまい)〉〈急ノ舞〉〈破ノ舞(はのまい)〉などと,それぞれが固有の地を用いる〈楽(がく)〉〈神楽(かぐら)〉〈羯鼓(かつこ)〉〈鷺乱(さぎみだれ)(《鷺》)〉〈猩々乱(《猩々》)〉〈獅子(《石橋(しやつきよう)》)〉〈乱拍子(《道成寺》)〉などの2種がある。〈序ノ舞〉は女体,老体などの役が物静かに舞うもので,《井筒》《江口》《定家》などの大小物と《小塩(おしお)》《羽衣》などの太鼓物がある。…
※「羯鼓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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